恨みや、呪いの感情

 
 
 
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『指圧』増永静人著
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(25)恨みや、呪いの感情

 
人を恨む行為は限られた人生をつまらなくする

一般的に言って、自分は正当で相手が悪いと思ったり、自分が悪者にされたと思った時、相手を恨んだり、呪ったりすることが多いわけです。ですが、人を恨んだり、呪ったりすることは一番の悪波動(マイナスエネルギー)です。

それなのに、地球人は自分の出す想念(思い)がどれ程の影響力があるのかを知らないために、こうした恨みや呪いの悪想念を平気で出す人々が多いものです。

この世に生きている人の想念を「念波」といい、亡くなった方が出す想念を「霊波」といいます。共に波動ですから、距離や時間に関係なく、アッと言う間に相手に届きます。

同時に、その悪想念は時を経て自分に返ってきます。ですから、悪想念を出せば出すほど、相手を傷付けると共に、結果として自分を傷付けてしまうことになります。

これを別の言い方をすれば、「想念の具象化」とも表現できます。自分が想念したこと(思ったこと)は必ず現象として現れてくると言うことです。



世間では「逆恨み」という言葉を見聞きすることがありますが、これは、「本来恨まれるべきものが、逆に相手を恨むこと(加害者が被害者を恨むなど)」とか、「他者から受けた親切などの好意に基づく行為を、悪意に基づくものと考え恨むこと」などと解釈されています。

例えば下記のような例に、それを見ることができます。(「ウイキペディア」の説明を参照)


1.苦情に対して、報復する:隣人から迷惑行為を止めるように苦情を言われたことを恨みに思い、隣人への嫌がらせを始める。店内でやかましく騒いだことを店員から注意されると逆上し、店員に暴力などを奮う。

このようなケースは度々、事件として報じられることが多いものです。極端な場合は、殺人事件にまで発展しますから、恨みの念の恐ろしさが分かります。


2.善意を曲解する:親切な隣人が家の前を掃除してくれたことに対して、プライバシーの侵害を疑い、影で隣人の悪口を言う。

これも隣近所のトラブルとして、よくあることです。人の善意を素直に受け取れないのですから、性根が腐っていると言われても仕方がありません。


3.真の加害者を間違えて、無実の人に報復する:誹謗中傷に悩む会社員が、中傷の出所と疑われる人物に詰め寄り喧嘩になったが、実は真犯人は別にいた。

これも恨みの念を強く抱いたために、判断力をなくして、真相を見極めることが出来ず、結果として誤った相手を傷付けたということです。


4.自身の非を認めようとしない:加害者自身が罪の意識を持たないどころか、親も一緒になって被害者の元へつきまとい、連日に渡って様々な嫌がらせや脅迫を行うことがあります。

特に学校の生徒間の諍いなどで、こうした問題がよく起こるようです。結局、加害者であっても声のデカイ者、力の強い者が被害者を蹂躙してしまうわけです。

ですが、もしこうしたことが罷り通れば、やがて次の世では、この加害者たちは今生で自分達が行ったことと同じように、相手に痛めつけられることになる筈です。これが因果応報です。

このことに似たことで、「人を呪わば穴二つ」と表現されることがあります。これは、「他人に害を与えれば、必ず自分にかえってくるものである」、「他人を呪い殺せば、自分も相手の恨みの報いを受けて呪い殺される」という意味で、結局、相手と自分の分と、墓穴が二つ必要になることから来ているそうです。



さて、こうした「恨み」の感情について、『魂の法則』の中で下記のような問答がなされていました。


(質問)恨みとは何ですか

(回答)恨みとは時間が経って薄れたものの、憎悪が長期にわたり継続するものだ。通常は、反対されたり被害にあったせいで、自分の不運を招いた責任者だと判断した特定の人に向けられる。

攻撃欲が目覚めるきっかけとなる事件は、かなり以前に遡る場合もある。しかし恨み深い人はこの件をずっと記憶し、攻撃的な衝動を育み、復讐すれば不快感を軽減できるだろうと思って、その機会を待つのだ。


(質問)恨みはどこで生まれるのですか

(回答)気持ちに従って生きてこなかったという不満や、やりたかった事を実行しなかった欲求不満、また自分が遭遇した逆境を受容しなかったためや、自分自身の欠点(怖れ、安楽さ、意志力の欠如、無理解、怠惰など)に負けてしまった後悔などから生まれる。

恨みは一般的に、気持ち通りにできなかったことに加担したり協力した人たちや、やりたかった事に反対した人たち、自分の困難な状況に責任があると思う人たちに、誤って向けられる。


(質問)どうやってそれに打ち克つのですか

(回答)外部に責任者を探そうとする代わりに、内面の不快感がどこから生じるかに気づいて、別の問題を誘発する可能性があるとしても、人生の中の好きになれないところを修正する勇気を持つこと。

運命のいたずらに思えるネガティブな状況は、時には、欠点を乗り越えて無条件に愛す能力を高めるために、自分自身が選んだ試練の場合があることを理解するように努めるのだ。



また、恨みほどの悪想念ではありませんが、やはりマイナスな想念として挙げられるのは、「悲しみ・絶望・苦々しさ・自暴自棄・諦め」などがあります。

これに付いて上記の回答者は下記のような説明をしています。

(回答)悲しみは、士気の喪失と低下という情緒的な状態だ。悲しみは、攻撃性と同じ原因や状況で生じがちだが、感受性がもっと強い人の場合にそうなるのであり、我欲に由来していることが攻撃欲ほど明白ではないので、捉えるのが難しい。

実際、無力感や罪悪感や、場合によっては憤りと自棄も、本当は攻撃性と悲しみの入り混じったものだ。悲しみは、自分が求める成果が見られなかったり、結果が期待したものと違ったりして、憔悴したり、がっかりした際に表れる。

悲しみには色々な形態があり、それぞれに特色がある。苦々しさは恒常的な悲しみで、長期に及ぶ。日常生活の妨げとはならないが、とても深く内面に根を張っているので超えるのが難しく、悲しみによってその人が少しずつ死んでいくような印象を与える。

努力する動機づけや生き甲斐がないというのが特徴である、絶望と諦めという悲しみの形態にも深く関連しているが、後者は通常、認めたくないような状況から生まれる。

自暴自棄は、鋭く強烈な悲しみの極端なもので、日常的ないかなる仕事も行えなくなり、精神不安定になって自分の命や他者の命を奪うなど、致命的な行為に及ぶことがある。



(質問)悲しみが我欲の感情だと思われているのは、予想外でした

(回答)ところがそうなのだ。人が時々悲しくなるのはとても普通のことだ。だが、諦めて投げ出してしまって、悲しみがその人の日常的な状態になってしまうと、それは停滞した状態なのだ。悲しみは、霊的成長の努力を怠る口実となるのだ。


(質問)悲しい時に、誰かに何か悪いことをするとでも言うのでしょうか

(回答)悲しみは自分に有害であるし、間接的には他者をも害する。悲しみのせいで、自分の務めが果たせなくなる場合があるからだ。

悲しみや落胆に沈んでいる人と一緒に暮らすのは、とても疲弊することなので、大変強い意志力を持たない限り、うつ状態の人と暮らす者たちにも容易にその状態がうつってしまう。

悲しみが蓄積されると、攻撃欲と同じように、多数の病気を引き起こす。悲しみで病気になり死んでしまい、今生で取り組んでいた試練や使命を途中で止めてしまう人は大勢いる。

そうした人たちは、同時に、他の魂たちを助けるという約束も投げ出しているのだ。たとえば、悲しみに蝕まれて死んでしまう父親や母親は、子どもたちを見捨てているのだ。


(質問)悲しみはどう超えたらいいでしょう

(回答)攻撃性と悲しみを生み出す要因は大変似通っているので、攻撃性を乗り越えるために処方したレシピを、ほぼその一点一点、悲しみを克服することにも適用できる。

それゆえ、悲しみを乗り越えるための基本となるのは、理解である。自分自身への理解、他者への理解、我々の人生の状況への理解。

我々が直面する逆境の多くは、愛の学習と我欲の克服という工程の一部を成しており、その多くは生まれる前に我々自身で選んだものだと理解するのだ。そしてその他のものは、他者への不寛容・頑固さ・無理解などで、我々自身が招いたものなのだ。

時には、自分が間違っているのを認めたくなかったり、自分自身の利己的な態度を認めたくないために、悲しくなる場合があるのだと理解すること。

誰かに傷つけられて悲しくなるのであれば、それは、その魂の成長が足りないためで、愛の知識をまだほとんど持たないためなのだと理解するのだ。

自分らしさを抑圧したり、意志を黙殺して悲しくなるのであれば、自分を在るがままに表現するよう努めて、悲しみを超えるのだ。



上記の問答には多くの学ぶべきことが述べられていますので、是非、参考にして下さい。例えば、「悲しみの念」についてですが、誰か愛する人が重病になったりしますと、ヒドク悲しんで、その想いを持ったまま病院に見舞いなどに行きますと、必ず患者の容態が悪くなります。

それは、悲しみという悪想念が身体の弱っている病人に伝わり、即、病状を悪化させるわけです。通常の人であれば、そうした悲しみの念を受けても、それ程の悪影響はないでしょうが、病人の場合にはヒドイ悪影響を与えてしまいます。

ですから、どんな重病患者に対しても、明るく接して、必ず良くなる、元気になるという、良い想念を持って見舞いに行くことが大切です。


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