石見神楽(いわみかぐら)

 
 
 
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(33)石見神楽(いわみかぐら)


神楽

日本の伝統芸能と言うには、ちょっと違うかもしれませんが、日本の神道の神事において神に奉納するため奏される歌や舞があります。これが、神楽(かぐら)です。

宮中行事として時々、テレビのニュースなどで報じられる程度で、都会にいると仲々、神楽に接する機会は少ないものです。

神楽は神社の祭礼などで見受けられ、まれに寺院でも行われるようです。平安中期に様式が完成したとされ、約90首の神楽歌があるそうです。神楽は、神社に「神楽殿」がある場合、そこで行われるわけです。



一般に、「かぐら」の語源は「神座」(かむくら・かみくら)が転じたとされています。神座は「神の宿るところ」「招魂・鎮魂を行う場所」を意味し、神座に神々を降ろし、巫・巫女が人々の穢れを祓ったり、神懸かりして人々と交流するなど神人一体の宴の場であり、そこでの歌舞が神楽と呼ばれるようになったとされています。


古事記・日本書紀の岩戸隠れの段でアメノウズメが神懸りして舞った舞いが神楽の起源とされており、アメノウズメの子孫とされる猿女君が宮中で鎮魂の儀に関わるため、本来、神楽は招魂・鎮魂・魂振に伴う神遊びだったとも考えられています。

神楽は、宮中の御神楽(みかぐら)と、民間の里神楽(さとかぐら)に分けられていて、幾つかの神社では、近代に作られた神楽も行われているらしいです。



私は神楽を直接拝見したことはありませんが、今回、神楽を持ち出したのには理由があります。先日、新潮社の宣伝用の雑誌『波』12月号の中に、石見神楽(島根県石見市)を取材された野村進氏の記事を見たからです。


石見神楽 公式PV (ナレーション付)



私は石見神楽のことは以前、テレビの番組で見た程度の認識しかありませんでしたが、下記のように説明されています。

『石見神楽の起源は定かではなく近世以前とされているが、文化文政期の国学台頭とともに古事記・日本書紀を原拠とする神話ものが加わり、演目も豊富で極めて多彩である。

往時、神の御心を和ませるという神職によっての神事であったものが、明治政府から神職の演舞を禁止する達しが出たことにより、土地の人々の手に受け継がれ、民俗芸能として演舞されるようになった。

そのリズムは、石見人の気性をそのままに、大太鼓、小太鼓、手拍子、笛を用いての囃子で演じられ、見る人を神話の世界に誘う。

また、石見神楽はその詞章に特徴がある。荘重で正雅な古典的なその言葉は、里神楽には極めて稀だといわれており、その中に織り込まれた土の香りの高い方言的表現、素朴な民謡的詩情とともに独特のものをつくりあげている。』



さて今回、野村氏の記事を見て、その素晴らしさに心を打たれました。特に、神楽を演じるものたちと地域の住民の方たちとの、何とも言えない密な関係や、神楽が人々の生活の一部になっていることなど、野村氏の実体験が細かに記されていました。

野村氏は、石見神楽を見物に行かれて、その感動を下記のように語っておられます。

『(前略)この場にいた人々は、年齢や性別、職業などに一切とらわれず、同じ石見神楽に打ち興じることができたのである。逆に言えば、石見神楽には、老若男女や社会的立場などの壁をものともせず、軽々と乗り越えられる力があるようなのだ。

しかし、神楽の巻いても楽器の奏者も全員が素人で、本業は別に持っており、中高生舞手や奏者も多いという。歌舞伎や落語のように、それで食べている人間はひとりもいないそうなのである。この日の感激料も無料であった。こんな日本の伝統芸能を、私はいままでに見たことがなかった。』




更に、次のような感想も述べておられます。

『これほど熱烈に神楽が支持されている風土ゆえ、人気の高い団体には入門希望者が引きも切らず、メンバーが増え続けているところもある。全国都道府県中、人口が島根県についで少なく、少子高齢化がもはや行き着くところまで行ったとされる島根県で、こんな現象が起きているのである。』

野村氏の記事によりますと、この地域の子供達は幼少のころから神楽に親しみ、関心を持っているため、この伝統芸能に対する愛着は、我々、都会人には理解できないほど強いものがあるようです。

というよりも、都会では見られないような地域社会の強い繋がりが、神楽を通じて子供のころから肌身に染みて理解されている、と言えるのかもしれません。

今の日本い於いて、特に大都会の中にあって、一番欠けているのが共存・共栄、相互扶助の在り方です。金や地位や名誉などを得ようとあくせく暮らしている都会人にとって、今一番必要とされているのが、横の繋がりであり、お互いに助け合おうとする意識です。

神楽を中心にして、老若男女が和気あいあいと楽しく暮らしている石見地方の人々の生き方は、これからの日本人にとって他山の石として学ぶべきものがあるように思います。



ところで、石見神楽の演目は、日本神話を基に先代より伝えられ、神前を清める神事舞から、物語性のある能舞まで、その数は約30数演目もあるそうです。 今回はその中の幾つかの動画を掲げて起きますので、お楽しみ下さい。


都治神楽社中 鹿島

『天孫降臨の前の物語、大国主の命の国譲りを題材とした神楽である。高天原から降り立った経津主命・武甕槌命が、大国主命に出雲の国を譲る様に談判すると、大国主は「自分は応じるが、二人の息子の承諾を得るように」と言った。第一の王子・事代主命<恵比須>は承諾するが、第二の王子・建御名方命は承諾せず、高天原方の神と力くらべとなるが敗れて信濃の諏訪まで逃げるが、ついに降参して命請いをし国を譲る。』


石見神楽 大尾谷社中  大蛇 

『大蛇は石見神楽の代名詞とも言うべき神楽でそのスケールの大きさは他の神楽の比ではない。ちょうちん蛇胴の考案により、石見神楽に一大改革を起こした。大蛇の舞手は身体を胴の中に隠し身体を見せずに舞わなければならない。

悪業のため高天原を追われた須佐之男命が出雲の国・斐川にさしかかると、老夫婦が嘆き悲しんでいた。訳を尋ねると、夫婦には八人の娘がいたが、大蛇が毎年あらわれて、七年に七人の娘をとられ、最後の一人も取られる運命にあるという。

命は、大蛇退治を約束し、毒酒を作らせ、これを大蛇が飲んで酔った所を退治した。この時、大蛇の尾から出た剣は、天の村雲の剣(のちの草薙の剣)として天照皇大神に献上され、三種の神器の一つとして熱田神宮に祀られている。須佐之男命は助けた娘、奇稲田姫と結婚した。』


石見神楽波積神楽団・道返し

『鬼反(きがえ)しとも言う。常陸(ひたち)の国、鹿島神宮(茨城県鹿島町)の祭神である武甕槌(たけみかづち)の命(みこと)が世界各地を荒し廻った大悪鬼を退治する神楽。

神と鬼が幕を挟んでの言葉の戦いで掛け合い、そして立ち会いとなるが、鬼は破れて降参してしまう。幕内の鬼(舞台の外の場合もある)と神との幕を挟んでの掛け合いが特徴。また、石見神楽では珍しく鬼が降参し、許されると言う形で終わる。鬼を殺さずに道の途中から反すので道反しという。』


石見神楽 谷住郷神楽社中 塵輪

『八調子では神2人鬼2人が対決する、鬼舞の代表的な神楽。第十四代の帝・帯中津日子の天皇が、異国より日本に攻め来る数万騎の軍勢を迎え撃つ。その中に塵輪という、身に翼があり、黒雲に乗って飛びまわり人々を害する悪鬼がいると聞き、天の鹿児弓、天の羽々矢を持って高麻呂を従え討伐に向かい、激戦の末に退治する。』



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